旗本の経済学 小松重男

お庭番だった川村修富の手留帳(日記)をもとにして彼の人生を追ったものである。

時代劇の影響で、お庭番というと何か忍者のイメージがあるが、実際は、幕府の役人の一人である。
だから、スーパーマン的な活躍が無論あるわけでもなく、淡々と事務をこなして出世していく侍の姿が描かれる。
それは、現代で言えば、国家公務員が入所してある程度の地位を得て、退職する姿にも似ている。

お庭番の家の次男に生まれ、普通なら部屋住みの厄介叔父で終わってしまうのに、新たに召しだされるところから日記は始まる。
新規召しだしは、江戸時代の武家には珍しいことだから、よっぽど優秀な若者だったにちがいない。
最初は、兄の家に住み、妻もそこで迎え、子も生まれるというところを読むと狭い屋敷に二世帯が同居する苦労が目に浮かぶ。
やっと自分の屋敷をもらい、ほっとするが、今度は、本家筋になる兄の家の嫡男の失踪という不始末に翻弄される。
途中、子宝には恵まれるが、当時の常とはいえ何人かの子を病で失う。
典型的な武家の一生である。
最終的には、御簾中様御用人という役職につき、対馬守という官名も得て、役得の多い役職で経済的にも恵まれる。

武家の成功例である。
当時は身分社会だったというが、優秀な侍は、それなりに出世できたようである。
それでなければ、徳川幕府が300年近く持たなかったであろう。
途中、持病に悩まされながら、役目を続けるところなぞは、宮仕えのつらさを感じさせる。

江戸時代は、いろいろな侍が記録を残しているが、これは、日本人の記録好きをあらわしている.
後世の読者は、貴重な資料を残してくれたことを感謝しなくてはならないだろう。

だが、反面、かなり荒唐無稽な時代劇や時代小説に慣れ親しんでいる身としては、何か今の人間とほとんど変わらないことを知るのが、すこし残念だったりする。
時代劇や時代小説をエンターテインメントとして楽しめなくなってしまうからだ。